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本の魅力 第二章

さて、本題だ。
私は本の何が好きなんだろう。

読書体験をさかのぼってみよう。大切な本は絞られてくる。
心に残っている本。
井上ひさし「ブンとフン」
山田詠美「ぼくは勉強ができない」
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
綿矢りさ「蹴りたい背中」
村上龍「コインロッカーベイビーズ」
サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
中島義道のエッセイもよかった。エゴイスト入門だ。


村上春樹は好きだけど、心に残る本とはまたちがうかもしれない。
なんかそれ、悲しいな。なんとなく。

これらの本は私に何を与えてくれただろう。
価値観だ。時田秀美が私にもたらした影響は大きかった。かっこいい大人にならなくてはと思った。

涙も流した。感動とはまた違う、悲しみだったり、共感だったり。

いろんな感情を引き起こしてくれる。
複雑な思いが言葉になっていることが嬉しい。


私はどうしようもなく本にまつわるいろいろに惹かれているけど、難しい本を読むのは得意じゃないし、積読もいっぱいある。だからいまいち「本を読むのが好きです!」と公言はできないのだけど、本を読む人が好きだから本を読んでるってのが一番しっくりくるかもしれない。
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本の魅力

本の魅力。
私は本が好きだ。その理由を今まで深く突き詰めたことはない。
私は雰囲気で生きてきた。ひとつひとつを言葉になんかしてこなかった。

でも、私が憧れるのは、好きなことについて熱く語っている人だった。
私は語れる人になりたいと思いつつ、語ることから逃げていた。
私はまだそのフィールドに立てていない、という理由をつけて。

今もフィールドに立てていないと思う。文学少女というフィールドに。

だって、「好き」っていう神聖で大切な思いを語るとき、中途半端ではいけないと思ってしまうもの。
私よりも好きの度合いの純度が高い人がいると想定できてしまうとき、私は何も語れなくなってしまう。

でも、そういう相対主義の中で生きるのは息苦しいのかもしれない。
例えば、私よりも、情熱的にナンバーガールが好きな人がいるからと言って、私がナンバーガールが好きでないということにはならないもの。
「私が」「好き」であることが大事なのであって、それをどういうふうに語るかも私であって、他人は関係なくて。

ああ、ようやく、今一つ気が付けたかも。
私が好きであるという状態が大切で、その度合いの強さも弱さも含めて、私になる。

もっと語らなくてはいけない。

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