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書き溜めていた文章

 池袋のパルコにあるおしゃれな文房具店。店員が「万年筆のラッピングでお待ちのお客様」と静かな声で呼びかける。私はその客の姿を見ることはなかったが、どんな人物かを想像してみた。
 恋人に、すでに財布と時計をあげた若者だろうか。文筆を生計にする人は、おそらく池袋のパルコには来ない。サラリーマンは万年筆よりボールペンのほうが勝手がいいだろう。
 
 いずれにせよ、パソコン社会で文字を書く機会が激減しているにもかかわらず、プレゼントに万年筆を選択する人は物好きに違いない。偏見だが、おしゃれにばかり気を使って中身を育てることに時間を割きそびれた人間は、いかにも万年筆を好みそうだ。

 中身はないのに外見ばかりを求める姿勢。その高価な万年筆で何を書くの? もちろん、物が心を豊かにしてくれるのはわかる。日記を書くのに、コンビニで買ったシャーペンと万年筆では気合も変わってこよう。持ち物を変えるだけで、心が明るくなったりうれしくなったり、人間はごくごく単純だ。

 つまり、何にお金を割くかはまったくもって個人の自由なのだけど、私はまず中身に金をかけたいということ。100円のボールペンから1万円の万年筆に持ち替えたところで、書く内容は変わらないということ。

 つい、この間まで、私は歩いて好きな音楽を聴ければ幸せであるとか抜かしていたけれど、そんなひどいことあるか。優秀になりたい。期待されたい。中身のない人間なんて嫌だ。能力を身につけたい。見た目ってのは中身がなけりゃむなしいだけだ。清潔でありたいと思うし、好きなものを身につけたいけど、それはすべて中身があってこそ生きる話なんだ。
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