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地方都市の生活

 群馬県の高崎市に住んでいる。気づけばもう丸3年が経とうとしている。引っ越しの経験は父が転勤族ということもあって、人よりも幾分多いだろう。山形、アメリカ、東京、兵庫、東京そしてここ群馬。今回は地方都市の生活で思ったことをまとめようと思う。
 昨日、取引先の人と飲みに行った。実は3月に引っ越すことが決まり、送別会を開いてくれるというのだ。なんともありがたい・・・。それだけでも感動なのだけれど、何より心動かされるのは人の良さだ。一言でいえば「平和」かもしれない。よく働き、よく笑い、思いやりがあり、仲間意識が強い。とてもすてきな人たちで、一緒に働けたことを誇りに思う。
 しかし、同時に少しだけ息苦しさを感じてしまった。そんな自分が自分でもいやになってしまうのだけど、でもここにはずっといられないと思ってしまった。地方都市は車で行ける範囲が基本的な世界であり、見渡しても特色のない風景がだらだらと続いている。
使う店がすぐに人とかぶってしまうという話があった。ロードサイドの全国チェーン店ばかりの地方に、おしゃれなお店ができればみんなが集まってしまう。隣も隣も隣も知り合いだったという笑話だった。
 つまり、ここには選択肢がないのだ。おしゃれを楽しむにはそこに行くしかないという窮屈さ。私たちは選択によって個が強くなる。西野カナを聞くのか、weezerを聞くのか、信長協奏曲を見るのか、キューブリックを見るのか。選択を積み重ねていった結果、立ち上がる人間像は大きく異なっているはずだ。しかし選択権が与えられなければ、私たちはみな同じになってしまう。地方都市に住むということは、意識的に生活をしなければ画一的な人間になってしまう危険性をはらんでいるのかもしれない。
 東京の人混みはうんざりするし、つまらない人だってたくさんいるんだろうけど、それでも選択の自由はある。私はたくさんのことを知ったうえで、自分に響くものを選びたい。好きなものを積み重ねることで自分をつくりたい。
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