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一人暮らしの隙間にあるさみしさ

最近思っていること
政治的な発言をすることについて

安保法制が衆議院を通過し、参議院で審議にかけられている。賛成派と反対派は水と油のように交わらず、お互いの論理をばかにしあっている。口を開けばマスコミのプロパガンダに踊らされてかわいそう、自民党感じ悪いよね等、けなしあう言葉が飛び交っているように思う。もちろん、きちんと根拠を挙げて建設的な議論をしている人も多いけれど、わかりやすい言葉、単純な言葉が持つ力は強く、結局広がりを見せるのはそういった罵り合いになっているように思う。
意見を表明すれば、異を唱える言葉が飛んでくる。これを避けるために口をつぐんでしまう人は多いだろう。黙ってやり過ごすのが賢いやり方になってしまうのは悲しい現実だ。そうやって何も発言できない私は何も変えられない。
ところでアジカンのゴッチは炎上しやすい一人だ。ミュージシャンが政治的な発言をするなと言われてもなお、思うところを発信し続けていることが一部の人の反感を買っているのだろう。しかし、なぜミュージシャンが政治的な発言をすることに嫌悪する人がいるのか。私には全く理解できないことのひとつだ。政治に関心を持ち、政治をよくしようとするのは国民としてあるべき姿だし、ゴッチはミュージシャンである前に一国民だ。彼がどんな政策を支持しようと音楽の素晴らしさは変わりない。なぜただのファンが彼の発言に文句をつける資格があるのか。結局、なんとなく気に食わないという以上の理由はないように思えるけれど。
私は意見を表明することは素晴らしいと思う。四方八方から何を言われるかわからない時代に、自分の足で立つのはとても怖いことだ。それでも何かに寄りかかって生きるよりも自分の足で立ちたいと思いそして実際に立ち上がる人を尊敬する。

ちなみに
私は安保法制に反対です。集団的自衛権の必要性を感じないから。日本が武力攻撃されていなくても他国を攻撃できるようにすること、国際法上の先制攻撃が可能になることを怖いと思います。
集団的自衛権で抑止力を高めるというのもよくわからない。他国を牽制するためにこちらも攻撃できるようにするという論理を使うなら、日本を牽制するために自国の軍事力を強化するという国がでてきてもおかしくない。それでいて他国への攻撃が可能になるならば、むしろ戦争のリスクが高まるように思えます。
戦争を放棄するという宣言を尊く思うから、私は反対です。
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